ネタリアム!ー生き抜くための小ネタブログー

人生の迷路で右往左往する著者tatsuwoの人生奮闘記です。色々頑張って色々考えているのでつらつらと綴っていこうかと思います。

たまには哲学の勉強でもしようか。ー幸せな社会って一体なんだ?

 

幸せな社会ってなんでしょうね。

 

私が今幸せだとしても、世の中には今もどこかで、社会的な要因で苦しんでいる人がいるわけで・・・

 

それもまた、必ずしも全てが自分自身の責任というわけでもなく、やはり社会に押し潰されて声もあげられなかったり、生まれながらにして圧倒的に不利な立場に追い込まれたりしている場合もあるわけで・・・

 

じゃあ何が幸せで、何が不幸なのか?

 

私はその基準は個々の中にしかないと思うわけですが、例えば国を統治する立場の方々はそれを少なからず、より良い方向に向かわせるために動かなければならないわけで。

 

 

そんな疑問の答えにはならないけれども、考える指標になる、哲学の考え方がありました。

 

 

 

 

 

 ◯最大多数の最大幸福、ベンサムという哲学者

 

まずは、この考え方の礎を築いたベンサムについて。

 

1770年代、近代に入り、フランス革命が起こっていたこの時代、イギリスでは「ジェレミー・ベンサム」という哲学者が活躍していました。

 

ロンドンの富裕な法律家の家に生まれた彼は若干12歳でオックスフォードに入学。

 

法理論や選挙活動に関する法改正などに力を注いたそうです。

 

 

◯個々の快楽を数値化する、快楽計算という考え方

 

ベンサムは、人間の本質について「快楽を求め、苦痛を避けるもの」だと考えていたようです。では、どれくらい快楽があれば幸せなのか?苦痛はどうか?

 

そう考えた彼は、快楽と苦痛を数量化しようと試み、この快楽計算を生み出しました。

 

快楽計算とは「快楽の強さ」、「快楽の持続性」、「快楽の確実性」など7の要素を算出し、それらを合計することで、富裕度や身分に関係なく幸福度を表そうと考えました。

 

具体的にはこうです。

 

例えば、サラリーマンとして会社に通勤するAさん。

毎日の通勤は苦しいです。給料や待遇など良い面もありますが、一時的に強い快楽を得られることはあまりありません。

 

よって、仮に快楽の強さを30とします。

 

しかし、その快楽は働いている限りは継続します。

 

よって、快楽の持続性は80とします。

 

また、給料が支払われないということは稀であるため、

その快楽はほぼ確実に訪れますね。

 

よって、快楽の持続性は70とします。

 

仮にこの3つの要素で幸福度を比較するとすれば、Aさんの点数は180となります。

 

では、バンドマンのBさんの場合はどうでしょう。

 

彼は、ライブでパフォーマンスをするときに非常に強い快楽を得ることができます。

 

快楽の強さは80です。

 

しかし、その快楽は持続するものではなく、「ライブ」が今後も可能なら、

そして、この職業も今後も続けていけるのであれば、得られるものです。

一般的には、かなり競争の厳しい業界なので、

 

快楽の持続性は30とします。

 

また、先の分からない仕事でもあります。

どんな職業でも廃業の危険性はありますが、社会的に統計してもその可能性は高いほうだと思います。

 

そうすると、快楽の確実性は仮に20とします。

 

この場合、Bさんの指数の合計は130ですね。

 

そうすると、もし社会にこの2人しかいなければ、この社会の幸福度は310となりますね。

 

ベンサムの考え方では、王侯貴族でも、一般市民でも、「個人は等しく1人と数えられ、誰もそれ以上には数えられない」とします。

 

要するに、身分や資産に関係なく、この指数のみが社会の幸福度を決めるということですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

◯快楽指数の合計が多い社会=幸福な社会

 

例えば、X国とZ国があったとします。

 

 

X国は、1人の国王がいて、国民は5人です。

 

国王の快楽計算は100、国民はそれぞれ20ずつです。

 

合計200ですね。

 

Z国は、民主主義社会で、6人の国民がいて、快楽計算はそれぞれ50ずつです。

 

合計は300です。

 

Z国には飛び抜けて幸福な人はいません。

 

しかし、飛び抜けて不幸な人もいません。

 

また、快楽計算の合計もX国より上です。

 

よって、X国よりもZ国の方が裕福であるということになるそうです。

 

しかし、ここで一つ疑問もわきますね。

 

「例えば、王侯貴族の快楽計算の結果が高すぎて、民主主義を上回った場合はどうなるのか?」

 

しかし、これは非常に起こりにくい現象だと私は思います。

 

王侯貴族とは、それこそ数限られた人々です。

 

しかし、一般市民はそれに圧倒的な差をつけて増え続けますし、数も比較になりません。

 

そうした人々の幸せなくして、高い幸福度は実現しえないということです。

 

 

 

◯まとめ

 ・快楽計算の数値が高い方が幸福。

 ・身分や資産は関係ない

 ・そして、できる限り、多くの人が高い快楽指数を得られなければならない

 

 

 

現代は資本主義国家なので、どうしても資産で差がついてしまいます。

 

お金=幸せと考えるのか、お金がなくても幸せだと果たして胸を張って言えるか、

 

私は自信がありません。

 

 

しかし、スイスではベーシックインカムが検討されたり(否決されましたが)

 

イギリスでは移民による職の圧迫などを理由にEU離脱の投票がされたり、

 

 

そうした考え方はさすが、進んでいますね。

 

 

今の日本はみんなが幸せだと言えるのでしょうか?

 

 

その答えは、少なくとも私にはわからないですね。

 

 

また、この記事を書くにあたり、プレジデント社より出版されている「哲学用語図鑑』著:田中正人 で勉強をさせていただきました。分かりやすい著書なのでもしよかったら皆さんも見かけたら手に取ってみてください。

 

画像は

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